台湾のブログ「地図会説話」が尖閣諸島問題について、標準的地図である台湾の国防研究院が一九五九年以来発行していた『中華民国地図集』(全五巻)と『世界地図集』(全五巻)とを取り上げて比較検討した。私はそれを日本語で解説したブログについて台湾の声経由で知った。
焦点は『世界地図集』第一巻の地図だ。尖閣諸島は初版1965年の「琉球群島」のページに「尖閣群島」の名で描かれていた(地図1)。ところが領有問題が勃発した後の1971年版で改変が行なわれ<「琉球」との間の境界線は大雑把ながら尖閣諸島の南に移動され、「尖閣群島」は「釣魚台列嶼」に変わり、「魚釣島、赤尾礁(大正島)、黄尾礁(久場島)、北小島、南小島」はそれぞれ「釣魚台、赤尾嶼、黄尾嶼、北小礁、南小礁」などと中国名に書き換えられ>たと言うのだ(地図2)。
地図1 http://blog-imgs-21.fc2.com/m/a/m/mamoretaiwan/normal_1213794305.jpg
地図2 http://blog-imgs-21.fc2.com/m/a/m/mamoretaiwan/normal_1213794419.jpg
因に<『世界地図集』の編者の張其ホは蒋介石総統の秘書で、教育部長(文相)、国民党中央常務委員などを歴任した国民党の大老。党の指導理論に関するさまざまな著作がある。さらに台湾で設置された中国地理学会の会長を二十年以上も務めた地理学界、地図製作界のリーダーでもある>。此処から導かれる結論は自明と思うが、私は敢えて言わない。
2008年06月27日
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